どういうわけか冬に長い休みを取る不遜な勤労者であるわたしは、2002年から3年続けてタイ自転車旅行を敢行した。
それまで欧州の国々しか走ったことのなかったわたしにとってそれは、自転車旅の原点に立ち返る思いのする素晴らしい体験であった。
そこで一息ついて考えたところ、東南アジアの他の国も走ってみるかという気になったのである。
そんな折、ロンリープラネットから新刊サイクリングガイド「Cycling in Vietnam, Laos and Cambodia」が出た。
読んでみたところ、後者2ヵ国はずいぶんダイハードでワイルドな旅を強いられることが推察されるが、ベトナムはタイ並みの気楽さで走れることがわかった。そこで次の銀輪旅行作戦はベトナムにしようと決定したのだった。
地図で見ればずいぶん細長いベトナムだが、かつての北ベトナムだった上半分は地形も交通事情も比較的ハードな感じだ(05年当時の話)。
それに対し、かつて南ベトナムの首都であったサイゴン(ホーチミン)含む南の方のメコンデルタは、地形はまっ平らで走りやすい上に、ツーリズムの各種インフラも充実しているようだ。ならばそのへんにしよう。
相棒は前年タイを走ってその走破性に信頼感を新たにしたBirdy (BD-1)カプレオ。セミハードケースに入れて飛行機輪行する。
ベトナムの印象としては:
・主要国道は交通ルールもマナーもへったくれもあったもんじゃないヒャッハートラフィック。しかし田舎の裏道に入れば走っているのはバイクと自転車ばかりでのどかな世界となるのであった。
・ベトナム人は熱い。日常会話のボリュームが怒鳴り合い。旅行者とのバリアが低くすぐに向こうからぐいぐい間合いを詰めてくる。写真を見ると地元の人を撮ったものが突出して多い。良く言えば人懐っこい。悪く言えば図々しい。
・そんなだからサイゴンとかは客引きのしつこさもすさまじい。
・ホテルやゲストハウスは全般的にしょぼかった(2005当時)。しかしその後ツーリズムが盛り上がって競争も激化した今では、どこも格段にグレードが上がっていると思われる。
Day1 HMC(サイゴン)
(この国の首都の呼称は公式にはホーチミンだが、現地では統一前からのサイゴンという呼び方をする人が多く、以下そちらに倣った表記とする。)
仙台からソウル経由でホーチミン(サイゴン)に着いた。まずは二泊して心身をベトナムに馴化させながら自転車旅の準備を整える所存だ。
予約したホテルからよこしてもらった迎えの車でタンソンニャット空港からサイゴン中心部に向かう。かつての首都とはいえどことなく田舎っぽい感じで、タイの地方都市のようなゆるい雰囲気だ。
市街中心部のRex Hotelに投宿。
良さめのホテルだけど部屋は安めのでいいやと取った部屋は一泊60米ドル。まあこの国にしては立派なお値段だ。
しかし通された部屋には窓がなかった。窓有りの部屋はもう一ランク高い部屋だったのだ。今回はしょうがないが帰国前にもう一泊予約してあるので、改めて窓のある部屋を予約し直しておく。思わぬ落とし穴であった。
Day2 サイゴン
レックスホテル、部屋は暗いが朝ごはんはおいしい。
ベトナムといえばフォー。薄味のスープが絶妙にうまい。この先のホテルのあさめしでもフォーは定番であり、ベトナム人は朝から麺を食する点において香川や喜多方の人に近いと分析した。
他のおかずもえび団子とか春巻きとか焼売とか、中華に寄せつつも微妙に東南アジア独特の味わいがあっておいしく、この先の旅のめし事情に期待が高まるのだった。
この先必要なもの(道路地図とか)を買いがてら街に出かける。
ホテルを出るや否やバイクタクシーの客引きがうるさい。立ち止まって地図でも見ようものならアブのように集まってきて「オニイサン」と声がかかる。(ベトナム語ではフランス語の「ムシュー」「マダム」のように相手に呼びかける語が性別年齢によって10種類ぐらい(うろ覚え)あり、わたしに適合する「アイン」というのに相当する日本語が「オニイサン」であるらしい)振り切っても振り切っても「それ見ろおまえ道わかんねえだろ悪いこと言わねえから乗ってけ」という感じでしつこく付いてきて実にうるさい。
教訓:ベトナム市街観光は自転車がいい。
いくつかの店を見てみたが、道路地図アトラスみたいなものはない。持ってきたのはロンリープラネットのベトナムラオスカンボジア合わせての大縮尺ロードアトラスだけで主要道路しか載っていない。結局地方道まで出ている地図が入手できたのは旅も中盤に差し掛かった頃だった。
歩きだとまとわりつく客引きにうんざりしたので、自転車を出して市内ポタに出かける。明日サイゴン市内から抜け出す際のわやくちゃな道筋のオリエンテーションを付けつための予習の意味もある。
東南アジアの交通のカオスぶりはタイで慣れたはずだが、この国もコンフュージョンウィルビーマイエピタフだ。バイクの洪水に加えてクルマもフリーダムな感じ。交差点で信号が変わった直後は青で進む流れと赤で突っ込む流れとが交叉して入り乱れる。合戦か。
逆走もわりと自由。そんな中をロードバイクでスイスイと走り抜ける西洋人サイクリストもいたりして、ああいうのは現地在住の人なんだろうな。
その名も人民委員会庁舎
まずは町の屋台に潜入し、ベトナムのごはん事情を調査する。
コムザン(ベトナムチャーハン)27000ドン。
200円しないから(当時レート)安い!、学食か!と喜んだが、地方ではもっと安く、サイゴンみたいな大きい街で観光客が来て英語のメニューがあるような店はツーリストぼったくり価格である、ということをのちに知ることとなるのであった。
しかしベトナムドン、とにかく数字がデカい。ラオスキップもデカかったがさらに一桁多い感じ。
物価見学のためデパートに入ってみる。中のネットカフェを利用したら10000ドン、ビデオカメラの値段が1000万以上だ。なんかお金持ちっぽい気分になれないこともない。でもクルマとか家とかの値段はどうなっちゃうんだろうか。
(初版2018/ 08)