メロウなvéloで行こう

おもに小径折りたたみ自転車で東北各地、ときに日本各地や海外を走る話

2005 BD-1で走ったベトナムメコンデルタ Day3

前の日の話↓

 

Day3

 サイゴン-ミトー Saigon - My Tho

自転車旅の第一日目、サイゴンのわやくちゃな交通を抜け出して、メコンデルタの入口の街ミトーに向かう。

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昨日サイゴンの交通にもまれる練習をしたので度胸はばっちりだ。

結局サイゴンで道路地図は買えなかった。持参してきた大まかな地図(ロンリープラネットのロードアトラス)と道路標識を頼りにミトーを目指す。

 

クルマの流れはクレイジーだが、バイクの波といっしょに二輪車ストリームの一部として流れていけばスムーズに走れるのはタイと同様だ。

今ではGoogle Mapを見れば西に向かう運河に沿った裏道があることがわかるが、この時はそんな情報も無く、最短距離でわかりやすい国道1号線をたどることにした。

市街の交通のカオスを抜け出して国道にたどりつくまでにすでに何度も迷子になった。

 

ホーチミンサイゴン)の朝。原チャリの海をかき分けて市街を抜け出すのがたいへん。

ようやく国道1号にたどり着くと道路は片側2車線になる。と言っても片方の車線はバイクの波が埋め尽くし、もう片方の1車線を自動車が抜きつ抜かれつバトルという構造だ。

路肩はといえば主に逆走したいバイク用となっているので注意が必要である。

実質1車線に詰め込まれたクルマはトラックやバス(韓国のお古が多い)などの大型車も多く、それらが隙あらば追い抜こうとするので狂ったようにパンパカパンパカとクラクションを鳴らしまくる。交通安全とか譲り合いとか運転マナーとか何それおいしいのという感じだ。

 

そんな首都圏のごちゃごちゃした光景も30キロあまり走ったところからは緑が目につくようになり、やがて正しい東南アジアの田んぼの風景が出現してホッとする。

ベトナムの米作は二期作だ。こっち側の田んぼが刈り入れ間近で向こう側では田植えをしていたりとか面白い光景だ。

 

お腹もすいたので途中の道路沿いの食堂に入る。看板が大きく「com」「Pho」「Hiutiu」などと対処してありわかりやすい。日本だったら「ご飯物」「ラーメン」「うどん」といったところか。

「com」を推していると思しき店に入って五目チャーハンを注文。

この手の飯屋はどこも店先にハンモックが吊るしてあり、主に客が自由に寝ていいシステムだ。暇な時は従業員が寝ている。

わたしもハンモックで揺られているとチャーハンが来た。見た目はパッとしないが一口食べてみてうまさに刮目した。ニョクマムであろうか、発酵系のテイストが隠し味となっておりさらに具のベトナムソーセージも絶妙な味わいである。タイのチャーハンもうまいがまた別のベクトルの美味しさである。

 

 

国道に戻ってみれば交通は相変わらずパンパカ合戦で賑やかだ。街が近づくとパンパカが激化し、町を出ると穏やかになるのを繰り返す。

街の人や子どもの自転車旅行者を見ての好奇の視線や「ハロー」という挨拶。ようやく東南アジアの旅情が体を満たすのを感じる。

道路沿いにはやたらに「Honda」の看板を出した店が目につく。覗いてみるとオートバイの修理屋のようだ。スズキやカワサキのバイクも走っているがどこもホンダしか直してくれないのか、と不思議に思ったが、Hondaとはすなわちバイク全般のことを指すのということをあとで知った。つまり「スズキのホンダ」とかがあるわけである。ややこしいな。

 

70kmあまり走ってミトー市街に着く。西から流れてきたメコン川のほとりの町だ.

街中に入ってみるとベトナムの日常がドカンと広がっていた。食べ物やよくわからないものの屋台、軒を連ねる商店、道端で謎のカニやエビを売るばあさんたち。大都市サイゴンとは全く異なるアジアの地方都市の緩さが押し寄せてくる。

 

突然「ぴぎゃー」と凄まじい鳴き声が響いたので何事かと思えば、子供達が豚を竹のかごですまきにしている。この後市場に売られるのだろう。


肉になることを分かっているのか本当につらそうな鳴き声だった。ベトナム人は豚は肉はもとより内臓から脳みそまで余さず食材として活用すると聞いている。豚も成仏してほしい。

 

夕方の下校時とあって自転車に乗ったアオザイの女子高生が街にあふれ行き交う。

純白のアオザイ長い黒髪の組合せはまさに「純潔」「無垢」という言葉を具現化したかのようで眩しい。おっさんであるわたしも中学生ぐらいで感じていた女性への純な甘酸っぱい憧憬を思い起こさせるものがある。嗚呼あれから幾星霜。

ちなみに白のアオザイは雨に濡れるとめちゃめちゃ透けるという話も聞いていたが、あいにく今は乾季でありその情報を検証をする機会がなく残念であった(←おまわりさんこの人です)。

 

大安なのかサイゴンもここも結婚式を多く見かけたし、来る途中道沿いのドライブインでやっているのも見た。ホテルにチェックインしたらそこでも披露宴の最中だった。

 

市場があったので入ってみる。

サイゴンでも市場に行ってみたが、あちらはわりと観光客向けのものであった。

しかしここはベトナム人の日常が爆裂している。スバイスやよくわからない漢方薬のような匂い。肉の据えた匂いなどがが立ち込めていて観光的要素は0に近い生活感が炸裂している。

その中にあってツーリストがひっそりと身を置いて歩き回ったり飯を食ったりするのがアジアの旅の醍醐味と改めて認識した。

 

ビールを買いに入った店のオヤジに片言の英語で話しかけられる。

「日本人か」「嫁さんいるのか」(当時は独身だった)「何ならうちの娘はどうだ」とニヤニヤと指さす先を見るとジャイアンの妹のジャイ子に似た子が働いている。ジャイ子お持ち帰りは遠慮したいのでそそくさとムーンウォークで退散したが、手近な若い女性を「嫁にどうだ」というのはベトナムオヤジの旅行者いじりトークの定番であるということをこの後何度か遭遇して知る。

 

泊まったホテルは25米ドル。メコン川を望むリバービューの部屋は一見いい感じだが微妙に安普請で、サッシの隙間から蚊が入って来たりしてよくない。

 

 

ミトーはメコン川クルーズを手軽に楽しめる街として外国人観光客には人気で、町にもサイゴンほどではないが西洋人ツーリストの姿を多く見える。

しかしロンリープラネット(1995版)を開いてミトーの項を見てみれば、「ミトー市当局はベトナムでも最も腐敗し、警察は最も厳しいことで知られている。そのため市民の大多数は貧しく、ツーリストにはボロい設備とぼったくり価格が課される」などとひどいことが書いてあるのだった。10年経った今はどうなんだろう。

 

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メコンの落日

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