午前中旧市街をぶらぶらする。
今日もハンザーランドは世界の観光客が無双
■ 駅でドキドキする。
今日はタリンから鉄道で中部の中心都市タルトゥまで輪行する。
時間に余裕を持たせてホテルから自走し、旧市街の西側にあるタリン中央駅に到着。
窓口で行先その他を書いたメモを出してお願いしますと頼むと、メモを見た窓口のおばちゃんがあろうことか首を横に振る。
旅先で地元の人に首を横に振られるほど不吉な気分になるものはない。
おばちゃんが言うには
・今日は工事してるからタルトゥ行の列車はここからじゃなくてひとつ先のウレミステ駅から出るのよ。
・代行バスが出るけど自転車積んでくれるかどうかわかんないわねえ。
・自転車があるんだからウレミステまで走っていけばいいんじゃないの(←他人事
見ればそれらしき掲示が構内に貼ってある。でもエストニア語だけだ。んなもんツーリストがわかるか!(当時は翻訳アプリとかない)
ウレミステ駅は市街の西側、ここからだと市街を端から端まで横切っていかなくてはならない。迷子にでもなったら乗り遅れてしまう(次のタルトゥ行は夕方までない)。不慣れな連れもいることだしここは安全策だ。駅前のホテルに入って行き、フロントのお姉さんに頼んでワゴンタクシーを呼んでもらう。メルセデスの大きなクルマで自転車2台、前輪を外すと積むことができた。
無事ウレミステ駅について1414発。やれやれ。運賃は1等車で€13/人。自転車は無料(!)
車窓は変わりばえしない野原と森が延々と続き、眠くなってうとうとしていく。
車内に売店がある。サンドイッチ€1.5、コーヒー€0.7
■タルトゥ到着
急行列車なので途中3駅(タパ、タムサル、ヨゲヴァ)しか停まらない。
2時間ちょっとでタルトゥ到着。
驚いたことにエストニア国鉄はタリン以外はすべて無人駅。タリンに次ぐ第2の都市たるここタルトゥの駅すら例外ではないが、観光案内を兼ねた旅客業務をを扱う臨時カウンターが出ていた(夏季だけだと思われる)
駅舎は19世紀末の創業当時そのままの形に2012年に復元されている。内部は当時の資料や模型も陳列されてちょっとした記念館になっていた。
駅から走り出すとポツポツと雨が。あれあれと思っているうちにどんどん雨足が強まり、ついにはスコールのような土砂降りとなって思わず軒先で雨宿り。なにこれいやがらせですか。
30分ぐらいして雨も上がったので駅から1.5㎞の旧市街へ。エストニア第2の都市と言っても人口10万、街の中心のラエコヤ広場もタリンと比べ物にならないほどの小ぢんまりぶりである。
14年前に旅したとき、ヘルシンキで日本人サイクリストと知り合ってタリンまで一緒に行き、そこから別れてそれぞれ別の方向に向かっていったのだが、10日ぐらいあとにタルトゥに着いて歩いていたらばったりそいつと鉢合わせてお互いぶったまげて大笑いしたものだった。別に落ち合おうと申し合わせたわけでもないのに。そのぐらい街も(エストニアの国も)コンパクト。
雨上がりの街
タリンでもラエコヤ、ここもラエコヤ広場。ラエコヤチェーンですか。
■きょうの宿
タルトゥの姉妹都市であるフィンランドはタンペレ市が経営するゲストハウス。ツイン€74(朝食付)。旧市街でも最も古い木造建築のひとつとのこと。
■きょうの晩ごはん
ロンリープラネットに載ってる店を数軒当たってみたが、いちばん入りやすそうだったMokaという店にする。それでもメイン€10台からとお安くはないが料理は手が込んでいてとてもおいしかった。
具だくさん野菜スープ、チーズ入りチキンカツ(付け合せいろいろ)、カニ入りサモサアボガドクリーム和え
( ちなみに14年前に来たときはソビエト時代の遺物のような、その名もHotel Tartuに泊まった。これがまた、スパルタンで無機質な部屋とフロントのおばはんの無愛想ぶりが、ソビエトの旅行者(もしくは刑務所)を追体験できるテーマパークですかと思ったぐらい印象に残っている。ホテルは現存するが今では改装してすっかりオサレなホテルになっているらしい。)
1999年当時のスパルタンなホテルカード。思い出人民グッズとしてわが家の壁に飾ってる
いよいよ次回から手に汗握る(かもしれない)自転車旅!心して待て!